「熱」 川村喜一(写真家)
山崎猛さんはいつも北のアルプ美術館で私たちをあたたかく迎えてくれた。山崎さんは私が知床で暮らしながら撮影した写真について想いを語ってくれ、私はまた、山崎さんが写してきた数々の知床の情景を聴いた。
長年オホーツクの流氷を撮り続けてきた山崎さんは、壮麗なる流氷が訪れるその前兆に、万物がぎゅっと冬支度をする“かまえ”を聴いたという。幾度となく同じ森へ足を運ぶなかで、木が朽ち、その隙間に差す陽光の下で、新しい草木が芽吹いてゆくさまを見つめたという。四季に感応し、色付き、色褪せながら巡ってゆく命の動態があり、そこに身を浸した私たち自身の“かまえ”がある。それが此処で写真をやる者の持つ“歌ごころ”だと彼は言った。
別れ際、私たちは決まって握手を交わした。「よかった。よかった」と言って差し出してくれる山崎さんの手は分厚く、力が漲っていて、あたたかかった。新型コロナウイルスがたった一年のあいだに人々の関わり方を変えてしまった今も、その手の感触が、言い表しようのない熱が、確かに私の中に残っている。
今、私たちは企画展の準備や倉庫の整理といった形で北のアルプ美術館をお手伝いしている。一枚の写真や、その連なりが、背後にある撮影者のかまえをありありと語り得るように、ここに集められた作品や、道具、その配置一つ一つから、私たちは山崎さんの意志をなぞることができる。この美術館に集い、語り合い、支え合ってきた多くの人々の熱を感じ取ることができる。
北のアルプ美術館は、いつも私たちをあたたかく迎えてくれる。斜里岳の麓に、知床半島の根もとにたたずむ北のアルプ美術館が、この地の文化の礎としてこれからも発展してゆくことを心から願う。
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