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  No.28  2020.6

●主な内容

  1. 「川」 <小林 大祐>
  2. 「アルプ」にめぐりあって <田 英子>
  3. 串田孫一先生の文章、文徳のこと <浦野 美弘>
  4. 令和の山に登るということ <滝澤 大徳>
  5. 山崎館長死去
  6. 新しい玄関灯設置
  7. ミュージアムグッズ新商品
  8. 企画展のお知らせ 山下康一作品展−山を描く・沈黙を描く−(2019.10.2〜2020.9.27)
  9. 次回展示予定 「山崎猛写真展―知床の風景―」(仮題)(2020.10.3〜2022.5.29)
  10. 一年間の出来事 季節の便り 2019.6〜2020.5
  11. ご寄贈ありがとうございました
  12. おしらせ
  13. 編集後記

「川」               <小林 大祐>


 僕たちの川釣りは、脈釣り、という手法によって行われる。

 釣り針をぶどう虫で秘匿して、川の上流に仕掛けを投げて結果を待つ。仕掛けは下流に流されていく。ウェダーを履いて、岩の上に立つことがあり、腰の近くまで川に浸かることがある。川底の丸石を踏みしめて、目線はじっと、針のいく先を追いかけている。何も起こらずに糸を手繰り寄せて、また、川上に仕掛けを投げ込んで待つ。ぎゅっと釣り竿を握りしめている。滔々と時間が流れていき、気付かずに惑星が回っている。指先に震えが伝わって、釣り竿を引き、虹鱒、岩魚に山女魚、オショロコマ、そして針だけ残された糸先を見つめたりする。針の上で水滴が揺らめいている。山林が揺れている。

 息をして、僕たちは釣り人の背中を追いかける。数十の川の本流を進み、数百の支流を進んで、山林の奥深くへ、より深くへ、世界の静謐な方へと進んでいく。透明な流れを打つ初源に向かい、時々足を止めて、木々の揺らめきの中、そっと水の流れに糸を落とす。僕たちはその時間、水流の振動を握りしめるこの時間に、世界には知ることのできない流れが無数にある、ということを知っている。深い夜、大雨の日、雪降る月々も全て、全ての川が流れている、そのことを知りながら、今、一つの川に立っている。この宇宙にどれ程の数の川があるのかを知らない。どれ程の文章があるのかを知らない。その殆どに届かないことを知っている。今、知ることができなかった筈の、透明な流れの一つにふれている。ぎゅっと釣竿を握りしめている。立ち尽くして、惑星が回っている。指先に震えが伝わる。風が吹き抜けた気がする。

 今と思う。今、世界の全てが震えた今、道東の小さな街の、木造の小さな美術館はひっそりと静かなまま、僕たちはまた木板の廊下を軋ませて、釣り人の文章を書棚に戻すと息をした。世界に確かに、余りに静かに流れる透明が、今になって、立ち止まる僕を流れ過ぎたみたいだ。

《建築家》

 

 

「アルプ」にめぐりあって   <田 英子>


  道東の自然と人をこよなく愛した兄、田勝が逝って早7年になる。

 「北海道に自分の手でバード・サンクチュアリをつくりたい」と1972年、新婚ホヤホヤの身で何のあてもないのに青春の心意気のみ頼んで根室に移り住み、結局、野望は実現させられなかったが、その地で野鳥愛好家限定の民宿を営みながらナチュラリストという肩書きのもの書きになり、道東の自然保護活動に力を注いで暮らした。自然に囲まれて、自然と共に生きたいという子どものころからの夢は、何とかかなえた人生だった。その間、若き日の大島千寿子さんをはじめ、多くの地元の方々のご好誼ご支援をいただいての夢の実現であったことは言うまでもない。

 自然大好きな両親の影響を受け、早くから自分の好きな世界を見つけていた兄は、ずっと生物クラブに所属。勉強より部活に熱心な子どもだった。大学の付属高校に通っていたため大学生と一緒に活動することも多く、ひまさえあればテントをかつぎ、先輩や仲間といっぱしの山男気取りであちこちの山に出かけていた。

 そんな兄の机の上に、先輩の影響だろう、いつしか「アルプ」という小さな雑誌が置かれるようになる。洒落た表紙絵のその冊子をぱらぱらとめくってみると、山好き、自然好きな人たちの文芸誌ということがわかった。そこで初めて串田孫一という名を目にし、すぐになみなみならぬ名文家であることを理解した。だが私はふーんと感心したのみ。記された思索の数々を深く読み込むまでには至らない駄目読者だった。

 しかし兄が「アルプ」に、串田氏の書かれるものに、深く感銘を受け、傾倒したのは間違いない。そのころからせっせと文章を書き始め、同好会誌に載せてもらったりするようになった。「アルプ」をとおして、自分も自然の中で思索を深め、ものを書いて生きたいという思いを育んでいったのだろう。多感な青年期に「アルプ」に出会い、その独特のロマンティシズムに魅了されたことが兄の後半生を決めたと、私は思っている。

 「アルプ」無きいま、若者たちはオンラインゲームの森の中でどのように己の思索を深めているのだろうか。

《元編集者》

 

 

串田孫一先生の文章、文徳のこと    <浦野 美弘

 
 縁は、ふと書店で初めて手にした先生の随筆集に始まる。二十数年前のことである。その中に次のような一節がある。にわか雨の話である。通りを散歩中、突然の夕立、軒下に駆け込んで、軒伝いに歩き始める。その時の心境、軒下の有難さ、雨への想い、さらに遠い昔の雨宿りへの追想…

 読者は、その一連の流れから、誰もが持っているぼんやりとした思い出が、はっきりとした情景へと変わって目の前に甦ってくる。話の運び、表現の豊かさ、内容の温かさ等に驚嘆し、ふと考える。一冊の本の中に話が約百、その著書が約四百数十冊、途方もない鉱脈を掘り当てた感。早速、東京の山岳専門の古書店より、ダンボール3箱分の本を入手。毎日数話ずつ味わう日々が現在も続く。さらに同じ古書店より、自筆原稿数種も購入、漢字は旧字体、直しも無く、頭の中にある構想を豊かな語彙で一気に書き上げると窺えた。その執筆の奥義を手紙で尋ねてみると、葉書びっしりの返事。「その都度、書けることをあれこれ考えて、すんなり書けることもあれば、何度も書き直すこともあります。機械的に書ければさぞかしよいことでしょう。」とのこと。先生の情けに感激し、郷土のお菓子をお送りすると、今度は直々のお礼の電話。「最近は、病院通いの合間に出版社の求めに応じて書いています。」とのこと。受話器を耳にしながら、今、岩波文庫の著者と話しているとの思いが頭をよぎったのも、もうなつかしい思い出話となっている。他界される数年前のことである。

 若い方々に申し上げたいことがある。書店、古書店、図書館にある先生の著書から、その豊かで深い文章、文学の森に分け入ってみる。そして一度は北海道知床斜里の北のアルプ美術館を訪れ、長年愛用されたストーブの間に身を置き、生前そのままの書斎内部を目にして、先生の暮らし、執筆活動の場を、さらに先生が愛された知床の大自然をも膚で感じてみる。そしてその後も文章鑑賞の 日々。そうすれば、串田先生の文章の芸術性、そして人間愛、人間讃歌が知らず知らずに人生を前向きに明るい方へと導いてくれる。串田孫一先生の文徳がここにある。

《元高校英語教師》

 

令和の山に登るということ  <滝澤 大徳


  元号をいくつもまたいだ人間は経験豊かなはずであろうが、自分自身が昭和、平成、令和とまたぐとなると、自らの経験を次代に伝える中身も覚悟もないと感じ、せめて時代の境目を山で迎えることでけじめをつけよう、と平成最後の日に知床峠から羅臼岳を目指した。

 私は平成と同時に斜里町に来たのだが、様々な分野の専門家や達人が身近にいるという環境に恵まれた。先輩諸氏は知床の自然に魅せられ、そして楽しんでいる。いつかは自分も、と思っていたが、縁あって平成十五年に山岳ガイドとなった。

 この日は単独行。ルンゼの雪面は日差しと春風に緩みキックステップが決まる。雪洞を掘り山頂へ。陽の熱を失い冷たくなった岩に身を寄せて強い風を避ける。オホーツク海上空には雲が広がったが、太陽が傾き赤くなるにつれて雲にもその赤みが滲み拡がり、平成最後の陽が沈むとともに静かに灰色に戻っていった。振り返ると国後島は黒く横たわり、羅臼の市街には点々と灯が入っていく。雪洞に潜り込み、雪壁に立てたロウソクに火を灯す。平成から令和への儀式の様子をラジオで聞きながら眠りにつく。

 日の出に合わせ山頂に向かう。腹這いにならないと風が体を岩から引き剥がす。ガスと風が渦巻いて令和の日の出は拝むことは叶わず下山開始。濃いガスで視界なし。斜面を駆け上がる向かい風に散弾のようにミゾレが命中して着衣の隙間から染み込んでくる。強風と視界不良で平衡感覚が怪しい。ピッケルで傾斜と雪面の起伏を探り、コンパスで方角を、歩数を数えて距離を見積もり進む。屏風岩まで降りて低体温症にならぬよう濡れた服を脱いで絞る。第二の壁からは雪崩を回避しながら下山。

 自分にとって平成最後の夕陽を浴び雪洞で過ごしたのは禊ぎであり、令和最初の日は強風とガスで先が見通せない状況で積み上げてきた知識や技術を試験されたのだと思う。一年を経た令和2年5月。新型コロナウイルスにより時代そのものの先が見通せなくなっている。人と距離を置かねばならない生活や働き方の変化。登山も医療へ負荷をかけぬよう自粛。山のガイドも感染防止策を組み込まねばならない。令和を生きる自分がやるべきことはコロナ時代の山登りを創り伝えていくこととなったのだ。知床の自然にふさわしい楽しいものを創っていけたら、と思う。

 慚愧に堪えぬことに、寄稿のお許しをくださった山崎猛氏にこの原稿を見ていただくことができなかった。アルプの世界を護り伝えた山崎氏のご冥福をお祈りいたします。

《山岳ガイド・知床山考舎 代表》


 

山崎猛館長死去


 去る5月4日、当館館長の山崎猛が急性心不全のため死去いたしました。

生前故人に賜りましたご厚誼 に深く感謝申し上げます。

 突然のことで、今も現実として受け入れがたく、毎日を過ごしております。 今後の美術館を心配し、多くの方々 から温かい励ましのお言葉をいただき、心よりお礼を申し上げます 。

 山崎館長の遺志を引き継ぎ、美術館は続けてまいりますので、今後ともご支援ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

北のアルプ美術館 スタッフ一同

 

 

 

新しい玄関灯設置


 開館から昨年まで、お客様をお迎えする玄関灯は、横田勇吉さん作“シマフクロウ”でしたが、今年3月より 浅沼久美子さん作のステンドグラスへと引き継がれました。
美術館をイメージしてデザインした作品は、ガラスを通して柔らかな温かい 明かりを灯してくれます。

 美術館のシンボルとして、末永く親しんでいただければ幸いで す 。

 

 

ミュージアムグッズ新商品


  北海道根室在住、田令子さんが作られた七宝焼きブローチの取り扱いを始めました。令子さんの父は雑誌「アルプ」にも執筆されていた田勝さんです。主に北海道で見られる鳥や動物をモチーフに作品制作されていますが、山崎館長の写真集「日本の灯台」がきっかけとなり、今回初めて灯台のデザインを試み、当館で限定販売することになりました。

 

 

企画展のお知らせ

■開催中企画展

「山下康一作品展」―山を描く・沈黙を描く― 
2019.10.2(水)〜2020.9.27(日)

斜里岳厳冬 2019年
北アルプス展望・大河 2017年

 ご来場いただいた方から、ご好評 を頂いています。会期も残り3ヶ月となりました。 お見逃しのないよう、この機会にぜひご覧下さい 。

 

 

企画展のお知らせ

■次回展示予定

「山崎猛写真展―知床の風景ー」(仮題) 
2020.10.3(土)〜2021.5.29(日)

  写真家の顔も持つ、当館館長・山崎猛の遺した作品を振り返ります。

 

 

一年間の出来事 季節の便り 2019.6〜2020.5


ノゴマ 5/24

2019年
 10月6日 斜里岳初冠雪

2020年
 2月11日 流氷接岸初日
 4月25日 新型コロナウイルス感染
      拡大防止のため臨時休館
      (〜5月15日まで)
 5月4日 北のアルプ美術館館長・山崎猛
      急性心不全のため死去(82歳)
  

 

 

■ご寄贈ありがとうございました(順不同・敬称略)


▲大森久雄・田中清光・安藤秀幸・小林大祐・鈴木伸介・吉田礼子・岡部洋子・浜田守雅・笹木俊孝・工藤早弓・萩生田浩・岡田朝雄・内田康男・川崎輝美・片山弘明・今村昌幹・恩田俊二・山下康一・川村喜一・浦野美弘・奥山 宏・山口 明・澤 戟E熊谷 渉・吉井 裕・佐野 博・水越 武・武田 厚・小野木三郎・窪田美代子・簑浦登美雄・小笠原輝昭・二科会

▲▲ その他各地の美術館、博物館より資料や印刷物等をお送りいただきました。

 

◆アルプ基金・寄付金報告− 2019年6月1日〜2020年5月31日

669,570円となっております。

  ご協力、ご支援に心より感謝とお礼を申し上げます。

 

■おしらせ


▲▲2020年12月7日(月)〜2021年3月2日(火)まで冬期閉館します。

▲▲当館では、活動のサポートをしてくださるボランティアの方を随時募集しています。男女問わず、一日だけのお手伝いでもOK!関心のある方、希望される方は当館までお気軽にお電話下さい。お待ちしています。

▲▲当館と長く交流がありましたドイツ文学者でエッセイストの池内紀さんが昨年8月30日にお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

編集後記


ミヤマオダマキ 5/22

▲ 昨日から今日、そして明日へと続く…と思われていた日常が5月4日、断ち切れてしまいました。人の死を前にするとせめてもう少し…≠ニ思うものですが、「せめて美術館の30周年まで」と思わずにはいられませんでした。しかし、館長の次の世代への夢は受け継がれている、と確信しています。北のアルプ美術館にとって倒木更新の年、第2章の幕明けの年になりました。これまで同様、ご支援ご協力を宜しくお願い致します。(大島)

▲ 山崎館長の急逝 …様々な感情が胸に去来し、喪失感とともに時間が流れています。 未だに実感がなく、館長が いつものように外廻りの作業を終え、美術館にひょっこり現れるような気がします。日々忙しく働く元気すぎる82歳でした。作業に追われ少しずつ無理が積み重なっていたのかもしれません。館長、長い間お疲れ様でした。どうかゆっくり休んで下さい。今まで本当にありがとうございました。 ( 上美谷 )

 

  No.28 2020年6月発行(年1回)
 編 集:大島千寿子/上美谷和代       題 字:横田ヒロ子
 発 行:北のアルプ美術館 山崎 猛
 〒099−4114 北海道斜里郡斜里町朝日町11−2
 TEL O152−23−4000 / FAX 0152-23−4007
 http://www.alp-museum.org  メールアドレス:mail@alp-museum.org

 

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