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北のアルプ美術館たより No.16  2008・6
     
   
50年が過ぎた
今村晋一郎


  「3丁目の夕日」を私は観ていないのだが、この映画の感化力で、若い人が昭和30年代に興味を持つのだという。

 「東京タワー」が建ち上がってゆく昭和33年は、「アルプ」創刊の年。私は串田孫一さんが在職した大学の3年生だった。

 東京の南端蒲田の自宅から京浜東北線を田端で山手線に乗り換え巣鴨まで、浜松町の西側にタワーの鉄骨が日に日に伸びてゆくのを見ながら通学した。

 国電巣鴨駅から、都営の染井墓地を通って学校まで歩くのだが、時には串田さんとご一緒することがあった。会釈して、言葉は交さない。串田さんは考えごとをしている風情で、その日の講義の構想を練っていたのかと思う。

 1年次に受講した「倫理学」では、しかし串田さんは、体系的には何も教えようとはしなかった。教卓にうつむいて立ち、良い聲で、つぶやくように、何かを語っていた。

 「牛の眼をじっと見る、自分の姿が映っている」とか「休暇届の理由欄で、これぞと"生理”に印をつけて提出し、叱られた」などなど。聞き流せば単なる雑談なのだが、ここから何を感知するかが問われていたのであろう。

 串田孫一の名を知ったのは昭和25年秋。5年後、私は串田さんに劇的に会った。串田さんが入試の面接担当教官であったのだ。屈折した自分をかくすために、わざと幼稚な受け応えをする私のうそを見破った(に違いない)串田さんは、講義や著作では決して見せない直截的な表現で新入生のオリエンテーション(姿勢制御)をなさった。私は素直にならざるを得なかった。10分足らずの不思議な時間が今に続いている。昭和33年3月からの『アルプ』は、私にとっては、あの面接の延長、素直になる、乱世を柔軟に生きるための、秘密の仕掛けだった。

 昭和33年12月1日、1万円札登場、12月23日、東京タワー完成。50年が過ぎた。

《元フランス語教師》
 


 ― 串田孫一の仕事部屋 ―
  復元作業経過 ・ その2

  北海道の初夏を告げる花、ライラックも終わりになり、季節は常緑の夏に移りました。「書斎」「居間」「資料室」「展示室」「企画室」と基本計画案からようやく既存建物に合わせながら改修工事直前まで来ました。文献及び資料の入力は2年計画の1年が過ぎ順調に進んでおります。「資料室」と「居間」だけでも早く復元出来るように取組んでおりますのでご期待下さい。

今、 「アルプの林」でエゾハルゼミがせわしく鳴いています。

北のアルプ美術館  山崎 猛

 

       
    「アルプ」に魅せられて
高澤 光雄
   
 私は「アルプ」創刊号からの愛読者で、頒布された帙に入れて全冊揃えている。北海道からの執筆者も多く、昵懇にしていた一原有徳氏は31篇も執筆され断トツである。当時は毎月発売日が楽しみだった。

 1993年秋、斜里岳登山の折に「北のアルプ美術館」を訪れた。白樺林に囲まれた静かな佇まいに瀟洒な建物、その庭にある少女の裸像に迎えられる。入口を入ると串田孫一氏のブロンズ像、 2階に上がると廊下に「アルプ」300号全冊のパネル写真が掲げられ、部屋ごとに「アルプ」ゆかりの著名作家の原稿、挿画、著書、絵画、陶磁器等がところ狭しと陳列されていて目を見張った。

 山の本好きなグループに日本山書の会がある。その北海道在住会員で小冊子だが『山書趣味』を発行していたので、翌年秋、「北のアルプ美術館」に触発されて「アルプ」特集号を編集。集会日には斜里から遠路はるばる館長の山崎猛さん、小樽の一原さんも84歳のご高齢にもかかわらず出席された。

 1995年5月に『山書趣味』一原有徳特集を編集。一原さんの作家・登山家としての論評・相当数の山岳関係著作目録を掲載できた。今年5月に小樽で日本山書の会全国総会開催を機に、久々に『山書趣味』を復刊。「一原有徳の世界」として最近までの弛まぬ文筆活動を紹介したものである。


≪日本山書の会幹事・『山書趣味』編集≫
   
中屋雅義「山の道具」絵葉書より

 

    
  「清岳荘」に魅せられて 山田 和弘
   

 初めて斜里岳に登ったのは、若い20歳の時だった。その時はまだ、この山が私の人生を変えるほど大きな影響を与えることになるとは考えてもいなかった。

 マイカーもない時代、釧路から汽車に乗り、登山口の清里か斜里の駅で降りる。そこから重いザックを背負ってひたすら歩く。幾度も通い歩き慣れた山道とはいえ、冬は道なき雪道をラッセルし、夏道の倍の時間がかかる。そんな時、一服休みに腰を下ろし、優美な日本百名山、名峰斜里岳を仰ぎ見ると疲れも癒える。さらに沢登り、尾根歩き、雪渓のトラバースなど春夏秋冬変化に富んだ飽くなきこの山は、いつしか私を虜にしていた。

 ただ私にとって斜里岳の最大の楽しみは、清里ルートにあった丸太小屋「清岳荘」だった。当時の昭和40年代、日本人アルピニストが世界の未踏峰の山に次々果敢にアタック、山に取り憑かれていた日本の若者に、大きな誇りと冒険心を与えてくれた。北海道の山に甘んじていた私も、このニュースを聞きながら串田孫一さんなど岳人の登山紀行や山岳小説を夢中で読みあさっていた。ランプの明かりの下で、薪ストーブを囲み、サントリーレッドを片手にして、時を忘れ人生を語り合った山仲間との「清岳荘」の山小屋談講は、いつまでも忘れがたい青春時代の一コマだ。

 山崎猛さんが、串田孫一さんが主宰していた山岳誌「アルプ」への熱い思いが高じて、私財を投じ「北のアルプ美術館を開設されたと同じく、私も思い出の詰まった「清岳荘」を再現し、釧路の郊外に建てた山小屋で、いまも山や自然が大好きな仲間たちと集い、青春を思い起こしながら、次世代の子どもたちに山の魅力やランプ生活の体験を伝えている。

山小屋「らんぷのいえ」  (元 釧路市 教育長)

瀧本幸一「知床スケッチ集」絵葉書より


   
旅するアルプ 中山 よしこ

  「ここの階段をのぼるとき、いつも別世界へ向かう気分になったの」。

平成 18 年 11 月―街角のちいさな文化の灯り「ギャラリー・アド」が 25 年の歴史にピリオドを打った。最後となった絵画展の取材で、常連らしきご婦人はそう言って寂しげな笑みを見せた。

 季節が変わるのはあっという間で、もういくら願ってもそのとき過ごした時間や空気は戻ってこない。そしてまた、人は来るべき美しい季節へ向けて思いを馳せる。

 山崎館長は「終わりもまた、始まり。若い人が感化され羽ばたく場がいずれ生まれるはず」と語り、翌月には美術館に串田孫一さんの書斎を復元するべく、氏の愛用の品々がトラックに運ばれて到着したのだった。

 そもそもなんとなく日々を過ごし、私にとって退屈な田舎町でしかなかったこの土地に対する見方が変わったのが…いや、変わらざる得なかったのが、今はなき斜里新聞の記者になったのがきっかけだった。

 知っているつもりだった人の、場所の、意外で魅力的な側面。日常の中に見出す、ささやかな非日常。それは、はるか遠く海外に旅するよりもうんと刺激的なことだった。

 本当に驚くべきことは、もはや驚くべきことなどないと思っていた場所で驚くべきことに出会ってしまうことなのだろう。それが旅にも値することなのだろう。

 北のアルプ美術館は私にとって素晴らしき非日常だ。その展示の中でとりわけ興味深かったのは、作家さんたちがアルプに寄せた生原稿の数々である。

 手書きの文字の美しさ、重ねた歴史を感じさせる紙の風合い―。パソコン全盛時代の今、書くことを生業にしたプロの人たちの情熱がいっぱいに詰まった原稿用紙は、新鮮な感動で私を満たした。なにより、それらが気持ちよくおさまるべき場所におさまっているのだ、という堂々とした佇まい。モノも、それを愛するべき人間がいることで生命を持つのだろう。山崎館長の一途な思いに心を打たれた。

 そしてこの町で、アルプに出会った私の魂もまたゆっくりと快適に呼吸し始めたように思う−。

網走タイムズ社

雪の日の散歩(大島)




▲ アルプ関係図書案内

★「山の ABC」
 山の詩と絵と写真、珠玉のような短文がギッシリ詰まった豪華でお洒落な芸術作品
  A4 変形・全3集セット
  18,000

★「 随筆集  夜空の琴」  ―― 串田孫一 ――
 夢の世界の訪問者・串田孫一が「宇宙の倦怠」と闇のなかで手帳に書いた時、琴座のヴェガが光った。読者への素晴らしい贈り物
  2,500

★「山で一泊」  ―― 辻まこと ――
 美しい絵と文章の豪華本。山上の湖畔、旅はみちづれ、不風流月見酒ほか
  3,800

★「山からの絵本」  ―― 辻まこと ――
 
山の自然、動物、人々を生き生きと描く美しい絵と爽やかな文章が、読者を神秘的な童話の世界へ誘う。大人の為の絵本  3,200

★「スキーナ河の柳」  ―― 庄野英二 ――
 
紀州移民三世の家でクリスマスを送った心あたたまる旅行記
  1,500

★「烟霞淡泊」  ―― 山口耀久 ――
 
名アルピニストが山の心の軽やかさを円熟した筆で綴った、ほのかな悲しみとユーモアが漂う風韻さわやかな、山をめぐる随想四篇
   1,000

上記の図書・問い合わせ   創文社 (? 03-3263-7101 ) ・ 北のアルプ美術館


「アルプ 特集串田孫一」   多彩な人物像に迫る・・・名著

アルプが 300号で終刊してから長い歳月が過ぎた今、「アルプ」が 0号として、一度だけ蘇ることになった。
本文・ 352項.糸綴り上製本.口絵・串田孫一絵(カラー 4 丁).モノクローム写真17項
印刷・ ( 株 ) 精興社.製本・ ( 株 ) 三水舎 .山と渓谷社刊              3,200

                                  ご注文は北のアルプ美術館へ

 

▲ お知らせ

山崎 猛・写真集               2008 年 10 月発売予定

「オホーツク」  −流氷の季節―

気象の変動・温暖化にレンズが問うオホーツクに居をかまえて55年あの「氷海」から23年の歳月、ふたたび流氷の魅力を。

( 株 ) 里文出版(東京) 総ページ200・ A4 変型判   予価 6,800

既刊 ――――――――――――――

★「氷 海」 15.000円

「日本の灯台」 20.000円

「樹の歳時記」 2.000円

在庫あり 送料無料 ご注文は北のアルプ美術館へ

 


▲ 特別企画展 2008年6月11日〜2009年5月30日まで

 ――故角田 勤さん アルプコレクション展――

群馬県沼田市 にて小児科医として角田医院を継承し、73歳で他界された。「アルプ」を愛し、大切に守ってきたアルプの収集作品を今、北のアルプ美術館にて展示中。角田氏の熱き思いが訪れてくれる方々に届きますように。

開催日初日に静恵夫人を迎え、1年間の企画展、スタートいたしました。

▲次回特別展予定

「竹久野生・絵画展」  予定 2009年6月〜

竹久野生 〔たけひさ のぶ〕 

東京生まれ。辻まことを父に、武林イヴォンヌを母にもつが、生後間もなく竹久夢二の次男、不二彦夫妻に引取られ養女として育てられる。1966年上智大学文学部史学科卒業。その後、京都大学農学部林学科にて造園を学び、1968年よりコロンビア共和国に造園家の夫と共に移住。1980年コロンビア国立大学芸術学部美術科卒業。以後、活発な美術活動を行う。パブロ・ネルーダの詩『マチュ・ピチュの高み』のために FOSILIZACION( 化石化 ) と題する10枚の作品を制作。矢内原伊作の訳とともに、みすず書房より出版される。 ( 1987年 )
 

●一年間の出来事  季節の便り 2007.7 〜 2008.6

2007年
 
10 月 13 日 斜里岳初冠雪 

2008年
  4 月20日 クロッカスが咲く
  4 月26日 知床横断道路開通
  6 月 1日 「アルプ」作家・作品展終る
  6 月 8日 「アルプの林」でエゾハルゼミの初鳴き
  6 月11日  PM3:20  直径3p大の雹が降る(新緑の若葉を直撃)

▲春・花季節(2008)

  




▲ ご寄贈ありがとうございました(順不同・敬称略)

石田二三夫 ・永野英昭 ・大谷一良 ・関根正行 ・深水享子 ・安藤秀幸 ・行川孝之 ・岡田 敦・五十嵐頼継 ・岡本寛志 ・菊池慶一 ・岡部牧夫 ・三谷英生 ・山本雅子 ・大森久雄 ・野本 元・畦地美江子 ・小松長三 ・山室眞二 ・内田康男 ・油井孝裕 ・尾崎栄子 ・石黒敦彦 ・田中 良・宮本敬之助 ・新保紘子 ・松本弘子 ・高澤光雄 ・伊藤和明 ・山口耀久 ・中原佳雄 ・堀 隆雄・重本恵津子 ・平野紀子 ・鹿野一則 ・池田清司 ・三宅 修 ・和田 明 ・斉藤 衛 ・ 三上 博・浜田加寿子 ・白山書房 ・ 斜里町 立知床博物館・山と渓谷社・東京新聞出版局・創文社・北海道立北方民族博物館・北海道立釧路芸術館・ 八王子市 夢美術館・バルクカンパニー

▲▲▲その他各地の美術館、博物館、記念館より資料や文献等をお送りいただきました。


 アルプ基金 -報告-   2 007年6月1日〜2008年5月31日

         416 . 117 円となっております。ご協力、ご支援に心より感謝とお礼を申し上げます。


  
  おしらせ

▲▲▲冬期間の閉館をお知らせします。  2008年 12 月 15日(月)?2009年2月 29日(金)まで閉館をします。ただし、事前にお電話、インターネットでのメール連絡等、また、在宅時はインターフォンでお知らせいただければご案内が可能ですので、ご利用ください。

  どうぞよろしくお願いいたします。

   

  編集後記 

▲大地震、無差別殺人、子どもへの育児放棄・・・胸の痛む事の多い昨今です。地球も人の心も軸を見失いつつあるのでしょうか。希望の未来への入り口であると思いたいのですが・・・。アルプの林ではエゾハルゼミが知床にも夏が来た事を知らせ、爽やかな風が吹き抜けています。今までの、そして、これからの北のアルプ美術館での幸せな出会いに感謝して、年に一度の「緑風」を皆様にお届けします。 ( 大島 )

▲ 季節は巡り、そして心も巡り、緑風の時を迎えました。美術館の2階、「アルプ」の部屋へと続く真っ白い扉を開く時、山の登山道の入り口に立ったような気持ちになり、心ときめき、風を感じるようになりました。また、山に登る時、生活の中にも串田さんの言葉が本から飛び出してきて、心地よく浮かび、自信と勇気、楽しさにも繋がっています。早いものです6年目・・・(長谷川)
  
緑風-北のアルプ美術館たより No.16   2008年6月発行(年1回)

編集:山崎猛/長谷川美知子/大島千寿子       発行:北のアルプ美術館
印刷:(有)斜里印刷       題字:横田ヒロ子
〒099-4114 北海道斜里郡斜里町朝日町11-2  TEL.0152-23-4000/FAX23-4007
http://www.alp-museum.org    メールアドレス:mail@alp-museum.org
   

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